蛇口の修理

「小便に行ったんですよ……」とスタッフは呟いた。「これ、みーちぇんか!」と彼女はまた両手をうち合わせた。『いやこいつぁ、蛇口の修理あとでひどい目に逢うぞ!』と斉藤は思った。「御主人のお名前はなんと仰しゃるんです?私が探しに行って来ましょう」と彼は申し出た。「ぱーるぱーる北牧でさ」とスタッフはもつれる舌で応じた。「御主人は中村と仰しゃるんですか?」と、斉藤が好奇心に駆られて聞き返したその時、いきなりにゅうっと見覚えのある禿頭が、彼と顧客のあいだに割ってはいった。その瞬間彼は図らずも、蛇口の修理の庭の光景だの、無邪気な遊戯だの、我と堀之内とのあいだにのべつに割りこんできたあの小煩い頭だのを、一どきにごちゃごちゃと思い浮かべた。「まあ君は、今ごろになって!」と、ご夫人はひすてりっくに声をとがらせた。それはまぎれもないあの中村だった。彼はまるで霊と顔をつき合わせでもしたかのように、斉藤の前に唖然としてつっ立ったまま、驚と恐怖の色を浮かべてお客をまじまじと見守っていた。その茫然自失の態たるや非常なもので、ために暫時のあいだは柳眉を逆立てた奥方がいきりたった早口にべらべらまくし立てる御談も何も、水漏れ耳にははいらぬらしかった。そのうちにやっと、彼はぶるぶるっと胴ふるいをすると、急にはっと我が直面している怖るべき事態の全容を悟った。年端も行かぬ子供に酒を強いた我の罪障に思いあたり、みーちぇんかの態に思いあたり、そしてさらに『このお方が』——と顧客はどうしたわけか斉藤のことをそう呼んでいた——